脳神経外科医のがん闘病記 寛解までの記録 

進行がん ステージ4でも怖くない

 

2017年11月

 

 多発転移から5年目に入った。

 抗がん剤治療を休薬し2年、

 生きている証として、

 闘病記を出版した。

 

      

 

 

● ステージ4から寛解をもらうまでの要約

 

私は、自分が病気になる前から、抗がん剤治療の矛盾に気付いていた。がんで死ぬより、抗がん剤の副作用によって殺されたと思われる多くのケースを見てきたからだ。 特に70歳以上の高齢者に処方される抗がん剤の標準治療は、副作用が薬効を上回っているケースが多いように思う。そもそも抗がん剤の効果の有無を調べる治験は、18歳~70歳の若い層を対象に行われてきた。ところが、今や全てのがん患者の6割が70歳以上と言われている。したがって、70歳以下の標準治療を70歳以上に適用するのはどだい無理がある。私は、高齢者には標準治療の量を減らして処方するのが常識と思っている。実際私は標準治療量を受けたばかりに抗がん剤による腎障害で血液中のナトリウム(塩分)が腎臓から漏れる低ナトリウム症(意欲低下、食欲低下、不整脈、ふらつき、さらには意識障害)になった。減塩から断塩のゲルソン食をしている私には塩分調整の難しい生活になった。多発転移のステージ4から寛解に至る道のりはきつかった。

 

1. 睡眠

9時就寝による睡眠を確保した。良質の睡眠は、腸の免疫を元気にする力がある。睡眠不足はリンパ球を減らし免疫力を落とす。睡眠不足による免疫力低下は睡眠薬の副作用より大きい。

 

2. 筋肉を鍛える、骨を鍛える

毎日ラジオ体操と1時間のウォーキング。歩けば着地の重力効果を受け骨は丈夫になる。腸腰筋は大腿骨の頚部に付着しているから歩けば腸腰筋は鍛えられ腰痛は消失、排便良好、睡眠の質も良くなる。いいことだらけだ。最近の研究では、骨と筋肉からがんの増殖を抑えるメッセージ物質が出ていることが証明されつつある。

 

3. ゲルソン食事療法

搾りたての野菜ジュースを毎日2L飲んだ(ニンジン2㎏、野菜2~3kg)。牛乳、バター、卵、肉など二足動物、四足動物のたんぱく質を絶ち、イカの刺身とししゃもに限定した。そして低ナトリウム血症を是正するギリギリの塩分摂取に抑え癌の住みにくい体質に向け努力した。正式ゲルソンは厳しすぎてできなかったが実行可能な簡易ゲルソンを考え出し頑張った。妥協した簡易ゲルソンでも効果を実感した。

 

4. リンパ球を維持する

抗がん剤治療中、白血球に含まれるリンパ球(免疫力)を1000個以上に保った。治療中リンパ球が1000個以下に低迷すると抗がん剤の延期または減量を主治医にお願いした。しんどい時は予定の抗がん剤点滴を休んだこともある。

 

5. 低用量の抗がん剤

私が選んだのは標準治療の半分量以下の低用量抗がん剤治療だった。しかも、古くて安い薬ばかりで新薬ではなかった。抗がん剤は患者のがん種の特性にマッチしないと高額な新薬でも効かないのだ。最近はがんの遺伝子検査でどのがんにどの抗がん剤が効くか適性を探す時代となった。

 

6. これから

悪性度の高い尿管がんだから治りきることはあるまい。大学病院、がんセンターだからとまるごと信用してはいけない。診断まではよいが、治療法については他の医師にも相談し、自分も勉強し、自分が納得する治療選択をすべきである。これからも情報収集し、このブログを通して伝えていきたい。

2013年5月

手術で摘出した腫瘍の病理検査の組織像は上皮がん、腺がん、肉腫の三種混合からなるハイグレード尿管がんだった。

詳しい組織像は ⇒こちら

 

2013年9月

余命1年の告知を受けたときの胸腹部CT検査所見は、

①右腸骨稜の矢印部に骨が溶け空洞に見える2.5cm大の骨転移(+)

②右上葉6mm大の小結節は3週間前に比べ増大し肺転移疑い(+) ⇒ 肺転移(+)

③腹部大動脈周囲に15mm大のリンパ節転移(+)

④その他胸腹部大動脈周辺に怪しい複数の腫大リンパ節(+)


● ステージ4からの出発 患者として、医師としての葛藤

 

 2010年6月、アップダウンの強い往復40kmのサイクリングに挑戦した。祝杯のビールの後、トイレで真っ赤な血尿にびっくりした。慌てて受けた検査結果で尿管がんと診断。早めの手術と抗がん剤による化学療法を勧められた。妻の7回忌を済ませた直後の発病であった。三度の食事にすら大変な独居老人にとって、がんと戦えるのか、疑問と不安がいっぱい。結局のところ、72歳の自分は無治療を選択した。医師仲間から、君はどうかしていると叱責されたが、自分の選択の間違っていることを認めつつ、生きたくないパワーのまま時間が経ち、リンパ節転移が始まった。


 2013年5月、大学で右腎臓、右尿管、一部膀胱、腸骨リンパ節の郭清を受けた。

 

 2013年6月、随分迷ったが術後の抗がん剤治療を受けることにした。1回目の3種類の抗がん剤GCP治療は受けたがあまりにしんどくギブアップした。2回目の点滴治療は受けず自己判断で退院した。

 

 2013年8月、骨転移、腸骨リンパ節転移、肺転移疑い、親しい内科医から余命1年の告知を受けた。

 

 2013年9月、主治医のいない不安な日々であったが友人の紹介で新しい主治医(呉共済病院)との出会いを得た。

・放射線治療2回

・抗がん剤治療25ヶ月

 2016年2月、新しい主治医のもと、2年半の闘病を経て、とりあえずの寛解をもらった。

 闘病中、がんに「がんこちゃん」の愛称を付けた。

 

  

がんこちゃんとの予期せぬ出会い

 

突然の血尿
寝ても覚めても
私の心を占拠し
心の苦しみ
 体の苦しみまで
私を虜にした
どうしようもない出会い
しかし君は私の一部
5年の葛藤が過ぎ
今君はどこにいる
  不気味な寛解
歪んだ出会いの終焉

できればもう会いたくない

 

 

● 2018年、寛解をもらって2年ブログを再開した

 

再発の心配、不安はあるが、憂き世を浮き世にして面白おかしく生きなきゃ損々」こんな小唄が江戸時代にある。難しく考え難しく生きるとしんどいばかり、、、小唄のように、これからの人生を楽しみたい。

約2年休んでいたブログを再開したには訳がある。がん治療の原則は病気を隠さず、広く情報を入手した方がよい。私はいずれ来る再発に備え免疫治療への道を探っている。がん治療は欧米に比べてはるかに遅れており、隣の韓国、台湾、中国よりも後進国であることを多くの人は知らないでいる。今の日本の旧態依然としたがん治療とは違った新しい治療が始まっている。私が手にした情報をがん友の皆様にこれからの闘病に役立ててもらえれば望外の喜びである。 

 

2018年1月1日

発病当時、リンパ節転移した尿管がんの生存予後について調べたところ、5年生存率のデータは見つからなかった。つい最近遠隔転移の尿管がんは2年生存率10%以下という厳しい数字を見つけた。ステージ4の尿管がんで私の生存は珍しいと泌尿器科医師の間で話題になっている。先月受けた定期的な尿細胞診と膀胱エコー検査では異常なかったが、尿管がんの人は膀胱に50%以上の高い確率で再発する。このまま済むはずはない。

 

2018年1月16日

新年早々悪いニュースが入ってきた。私と同じ民間病院の創業者、一昨年の9月、彼の病院に見舞った時、自分はゲルソン食療法により、がんの住みにくい体質に改善していると話した。しかし、彼は、アメリカにおける、ゲルソン食を否定するアンドリュービッカーズの数行のレポート、「代替医療はもはや未証明と批判されるのではなく、無効だと反証済みの医療だと非難されるべきだ」を引用し、私のアドバイスに否定的な反応をした。私は、急いでまとめた自分の闘病ブログを持参していたが、渡さずに帰った。9か月後、彼は脳転移を起こしていた。

 

2018年1月22日

あしかけ8年、通い続けた画像センターでPET検査を受けた。今回で9回目ですと言われ、そんなになるのかと驚いた。結果は異常なく、次の検査は1年先で十分と言われた。ただ、PET検査では膀胱への再発はわからない。

 

2018年2月

電話が鳴ることはめったにない。その珍しい電話が鳴った。広島の原田康夫先生からだった。

あなたの闘病記を読んだ。109ページにほっとけの歌の作曲公募とあったので、早速作ってみた。これから歌うからと、86歳になられる現役テノール歌手は、朗々と歌って下さった。あまりに嬉しく、東広島の友人山名と6年ぶりに広島を訪ねた。3人でフグ料理を食べながら、いつもながらの先生のご高説を拝聴した。

 


2018年2月

今朝もいつもながらのニンジンジュースと手作り朝食

オートミール、野菜・昆布スープ

ししゃも、熱帯ハウスで育てたバナナ、宮古島アロエベラジュース

  

 

今日は水曜日、来客の多いこと。なかでも長年の遊び友達が余命1年の肺がんになったと訪ねてきた。化学療法3クールを受けていると言う。今、肺がん治療は大きく変貌し、昔の余命の基準は合わなくなっているから1年以内なんてことはないと思っている。そのうち本人も気付くはずだ。

 

2018年3月

元気だった友人から突然手紙をもらった。私の驚きは言葉にできない。

『 この数日はひゃっと、暖かい日が訪れてきたようで、春の兆しを感じています。

お聞き及びと思いますが、少し早く退職し、郷里の福岡に転居いたしました。

今年2月中旬、体動時に動悸を感じ病院を受診、胸部CTを撮ったところ、右肺に胸水が貯留していると言われました。入院し、CT検査を受けたところ、胸膜播種を伴うステージ4の肺がんと告知されました。動悸程度で、他に何の自覚症状がないままの一気にステージ4の告知を受け、青天の霹靂、もう頭が真っ白になり、とりあえず親戚の多い福岡で治療を受けるべく、急ぎ帰郷いたしました。先生にはご挨拶もせず大変失礼したことをお詫びいたします。

先生の書かれた、進行がんステージ4でも怖くないを、昨日一気に読ませていただきました。2010年からの闘病の詳細を知り、これまでの治療法の選択に対して葛藤されたご様子や科学的根拠と探求心に基づいた食事療法や日常生活上の精神状態の重要性など、とても参考になりました。

私は、九州がんセンターで治療を受けることにいたしました。私の生検の組織所見からは、保険で現在認可されている免疫チェックポイント阻害剤は使用できないと言われ、検討中の治験に入れるかの検査待ちの状態です。私は進行がんの説明を受けて戸惑うことばかりです。先生の本に出てくる光畑先生に、昨日、藁をもつかむ思いで直接電話いたしました。とても詳しく説明していただき、肺がん治療の化学療法、薬物療法の日本の現状のみならず、世界の先端の治療はここまで来ているという状況を一気に説明していただき、大変心強く感じました。大田先生にも、今後の闘病中にご質問などさせていただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。

 

 

2018年4月

尿細胞診異常なし、膀胱エコー検査異常なし、この度も膀胱内視鏡検査は見送りとなった。

外来に掲示された膀胱鏡検査を勧めるポスター、私も今までに数回膀胱鏡検査を経験したが痛み、不快感は全くなくバルーンカテーテルの挿入抜去のほうが遥かに苦痛だった。全く痛みのない優しい検査だから喫煙歴のある人は進んで受けたほうが良いと思う。なぜなら膀胱がんは膵臓がんと並んで最も発見しにくい癌だからである。決め手になる腫瘍マーカーはない。尿細胞診は診断率が低いから当てにならない。膀胱鏡で見るしかないのだ。

 

 

2018年5月 真夏対策

がんを抱えた高齢者は夏に体調を崩す人が多い。冬、私は寒風の中、粉雪が舞っていても歩いて通勤できるが、真夏は傘を差しても猛暑の中を歩くのはきつい。一昨年も、昨年も、夏の暑さ対策には腐心した。縁あって敷地90坪、中古の小さな別荘を格安で買うことができた。大山山麓にある築数十年経つが、歳月を感じさせない美しい木目のある、ホンカのログハウス。写真では大きく見えるが、ダイニングキッチンと6畳の間だけの12.8坪。水は出る、コンロのガスはつく、給湯ボイラーは作動する、超古いけど大丈夫。空調がついてないのは、夏涼しい証拠。真夏は楽しみだ。

 

2018年5月

お借りした畑にハウスを建て2年目になる。ゴールデンウィークは、マイハウスの手入れをした。コーヒー、アテモヤ、バナナ、マンゴー、パパイヤ、ピタンガ、アセロラ、アボカドを育てている。今はイチゴ。孫や知り合いの人たちが採りに来ても、毎日毎日食べれないほどなる。マクワウリ、スイカ、トマト、トウモロコシなど、ぐんぐんと成長していく姿は見て楽し、育てて楽し、食して最高。この世の憂さを忘れる遊びは免疫力を高める。死ぬときは死ぬ、腹決めてがん患者は大いに遊ぶべきだ。

 


越冬したバナナ

マンゴー


2018年5月

最悪のニュースがやってきた。大学卒業後すぐから私のもとで研修し、27年間共に働いてくれた大切な後輩の脳外科医が闘病わずか1年、61歳、膵臓がんで急逝した。オプジーボまで試したようだが、残念としか言いようがない。

 

5年前私が余命告知を受けた時、近くの彼の自宅を訪ねた。この時点で彼の体調はおかしいと思った。

この時彼に出した手紙。

昨日はお休みのところを突然お邪魔しました。私は2週間前に多発転移が分かり余命宣告を受けたので、佐藤君には是非会っておきたかったのです。私は病を患っていますが、自然の摂理と受け止めています。検査結果から先月厳しい余命1年の宣告を受けましたので、自分が挨拶をしたいと思う友人を訪ねています。訪ねる相手の気持ちはわかりませんが、自分の気持ちに正直にありたいと思っています。佐藤君は私の人生で出会いを得た稀有な逸材です。後輩であることを誇りに思っています。立場上やむを得ず判断を動かすことはありました。しかし、佐藤君に対する私の気持ちは昔も今も動いたことはありません。ただ一つ気にしていることは君の健康です。私の年齢以上に元気で長生きしてほしいと願っています。 2013年9月2日 大田浩右 』

 

2年前、地方会で会った。これはおかしいと気付き急いで出した葉書。この時彼はまだ発病に気付いていない。

私は年並に半日だけ20人ほど診ています。君のクリニックは繁盛しているようで安心しています。その一方で、以前会った時から君は働き過ぎではないかと心配しています。なんといっても健康が第一ですから、くれぐれも無理をしないように頼みます。私がいらぬ心配をしても仕方ないのですが、やつれた君を心配していることだけ伝えておきます 2016年11月30日 大田浩右 

 

彼の葬儀など慌ただしい中に、祥子の14回目の命日がやってきた。この手に余る夫、手に余る息子たちを慈愛の心で包んでくれた優しい妻。私は、全てを洗い流し清めてくれるのは時間、一方で時間ほど残酷なものはないといつも思っている。

 

● 膀胱への再発の予感

2018年7月

つい最近、排尿後便器に溜まった尿の色が少し気になりもしやと不安を感じていたが、以前から予定していた2週間弱の九州一周旅行1800kmを一人で運転した。この無謀性格は逝くまで直らない。8月には詳しい検査を受けようと決めていた。

 

写真は噴煙をあげる硫黄山、右の稜線が有名な韓国岳。噴煙のおかげで有名な国民宿舎はガラガラ。大浴場は貸し切りだった。


 

2018年8月

応援していた石弘光さんが亡くなられた。ステージ4の膵臓がんから2年生きたことは立派だったと思う。

同じ膵臓がんで無治療を選択し食事療法マクロビオテックスのみで頑張ったスティーブジョブズは8年生きた。私はジョブズの8年を目標としていたが気がつくと発病(血尿)から7年経っている。

 

8月になって夜間の尿の回数が多い時は3~4回と増えてきた。再発を確信し尿路膀胱がんへの適応が承認されたキイトルーダの勉強を始めた。

興味のある方はこちら ⇒『抗免疫チェックポイント抗体療法は膀胱がん患者の膀胱温存につながるか?』

 

アイスクリームバナナを収穫した。なんと17㎏あった。有機ぼかし肥料だけ。万田酵素が効いたのかもしれない。味は島バナナに比べやや淡白だった。


2018年9月

仕事の合間にハウスの農作業を楽しんでいると癌のことはすっかり忘れてしまう。ところがどっこい、相手は私を忘れてくれない。主治医はいつものエコー検査で異常ないと言うが、先週出した尿の細胞診でクラスⅢの返事が返ってきた。尿細胞診の診断はあまり当てにならないがクラスⅢは要注意のサイン、さっそく主治医に膀胱内視鏡検査を依頼した。

 

今日21日、親しい中国の友人から私に『放松放松してください、あまりにもストレスをかけ過ぎですよ、もっともっと放松してください』とメールが届いた。放松はファンソンと読み、リラックスの意味。『命尽きるまで疾走されると思いますがファンソンをお願いします』と結んであった。

久しぶりに大いに笑った。この癌性格変えれるものなら変えたい。

  

検査結果は再発だった

検査中の膀胱内視鏡の画像を見せてもらった。やはり予感通り、5年半前の手術あとの膀胱右側に限局した腫瘍の再発が見られた。主治医から内腸骨動脈動注療法、膀胱内視鏡手術、そしてBCG療法する旨の説明を受けた。この歳になってまた抗がん剤治療か、、腫瘍のお姿を拝見し、表在がんに見えるが1年以上の時間が経っている感じの立派な再発だった。それにしてもあれだけ用心していたのに膀胱へ再発とは、、がんこちゃんはしつこいやつ、2日程無性に腹が立った。 

 


2018年10月

久しぶりに実家でよく勉強のできたすぐ上の姉と会った。日本が降伏した敗戦の年、私は6歳、姉は7歳、家に米はなく、カボチャと芋、そして芋のつるまで食べた。履くものもなく、裸足で走り回っていた。高校生になっても家は貧困から抜け出せず、姉は『あんたはよぅ働いた、自分で洗濯はするし、高校の頃月明かりに農薬散布をしてくれていたね。』帰り際に、何度も長生きするんよと言ってくれた。私にとって今は食べるに困らず、すべてに恵まれた不気味な世界。

 

私が期待して栽培を始めている抗がん剤作用があるバンレイシ科のアテモヤは2年目を迎え、ハウスの中で私の背丈まで育ってきた。

● 膀胱がんへの抗がん剤治療始まる

 

2018年10月14日

抗がん剤動注のため、50年前麻酔科医として働いていた松田病院へ4泊5日で入院した。膀胱に栄養を送っている動脈へカテーテルを入れ、3種の抗がん剤を動注した。施術前、所要時間は1時間と説明を受けていたが、お尻の筋肉にいく殿動脈1本のコイル塞栓と抗がん剤をゆっくり動注する30分×左右の時間を入れて、3時間硬いレントゲン台の上に寝ていた。次第に腰痛が増してきた。術後さらに3時間下肢を動かないよう拘束され、結局6時間不動性腰痛に苦しめられた。しみじみ楽な治療はないものだと思う。しかし、施術後の吐気は思ったよりも軽く、食欲もなんとか保たれた。シスプラチンなど白金製剤による吐気止めのセロトニン₂a拮抗剤カイトリル内服は効果ありと思っている。 

 

動注1週間後にはほぼ元の生活に戻り、腰の違和感と夜間の頻尿が消失するなど動注の効果を実感した。2週間後には大山の添谷から伯耆町溝口駅までの山道をグーグルマップを頼りに10km歩いた。なんと53年前、祥子と新婚旅行で乗ったと同じような列車がチンチンと鳴る踏切前を通過していくではないか、田舎は変わっていないなぁと驚いた。写真を撮る暇がなかったのは残念。

 

 

2018年11月

80歳の誕生日を迎えた。5年前の8月、余命宣告を受けた頃は、遥かかなた、まさかの傘寿を迎えることができた。負け惜しみに聞こえるかもしれないが、癌と共存したこの5年間は随分と濃縮し、とても有意義な時間だった。念願だった『脳過敏症』の日本語版と英語版、80歳誕生日には『腎移植の夜明け』を出版し国会図書館と各大学に寄贈した。

 

 

2018年11月

誕生日のお祝いを終え、2回目の動注療法のため松田病院へ入院した。スタッフとも顔見知り、三男が手術の立ち合いに来てくれ、家族の存在が証明された(笑)。

昨日の2回目の動注の際、造影膀胱動脈撮影の画像を見せてもらった。腫瘍に行く新生血管は残念ながらまだ元気であった。

 

2回目の動注療法を終え、腰の不快感は完全に消失した。排便時の不快感も消失し体調はますますよくなった。私はがん毒素が減ってきているからと思っている。

2018年12月

12月10日、3回目の抗がん剤動注療法を無事終えた。

体調は良いので最近のシカゴだよりをまとめてみた。

中村祐輔先生:『キートルーダは進行膀胱がんの42%の人からがんを完全に消失させる高い有効性を持っている。日本でも使われ出したことはいいことだ。日本が中国、台湾、韓国よりもがん治療後進国と言われる理由は最新のネオアンチゲン療法、CAR-T細胞療法の遅れである。周回遅れどころではなく、信じがたいほどの遅れだ。日本は完全に取り残されつつある。アジアのがん患者が日本に治療を受けに来るなど時代錯誤も甚だしい。日本のがん患者が中国に治療を受けに行く日は意外に早くやってくる』と中村先生は警鐘を鳴らしている。

ネオアンチゲン療法とは ⇒自分のがん細胞にしか存在しない目印(がん抗原)のことをネオアンチゲンと言う。この目印を標的にリンパ球にがんを攻撃させる治療は日本では数少ないけれども福岡や東京で始まっている。

CAR-T細胞療法とは ⇒がん細胞の目印ネオアンチゲンに特異的に反応するリンパ球(T細胞)を探し出し遺伝子操作を行い遺伝子改変T細胞を人工的に作って患者の体に戻す治療。

 

2019年1月元旦

 

 

明けましておめでとうございます。

がんを忘れるほど心身ともに元気そのもの、日々快眠、快食、快便、ウォーキング、そして仕事とハウス農業を楽しんでいる。がん友の皆さんには私の闘病ブログから専門用語や薬の名前、最新の治療法に馴染んでいただければありがたい。門前の小僧お経を唱えるの話のように、素人でも平素からがん治療に慣れ親しんでいると、いざ自分が治療法の選択に直面したとき参考になると思うので、今年も続闘病記大田浩右を続けるつもりでいる。

 

真冬でもぐんぐん伸びるブーゲンビリアは満開だ。

 

● 経尿道内視鏡による膀胱がん切除術TURと遺伝子検査を受ける

 

2019年1月7日

月曜日、坂出聖マルチン病院の西先生に内視鏡による膀胱がん切除術TURを受けた。病理組織所見は非浸潤腫瘍深達度は筋層に及ばないTa、リンパ管侵襲なし、静脈侵襲なし、比較的低悪性度の表在がんでありほっとした。術後3日目には抗がん剤膀胱内注入の副作用である睾丸の腫れや涙が出るほどのしんどい排尿痛は消失した。信じられないほどの強い排尿痛・・には内服の鎮痛剤はすべて無効、めっぽう効いたのはボルタレン座薬だった。 

 

 

2019年1月24日 

東広島の同期生山名君の計らいで中村祐輔先生と歓談しながらフグ料理を楽しむ機会を得た。先生はシカゴ大学を辞し、がんセンターに籍を置きながら内閣府参与としてがんの検査治療について日本の世界的な遅れを取り戻すべく精力的に動いておられる。私の期待するネオアンチゲンワクチン療法は間もなく治療が始まる。ネオアチゲンに個別化したTリンパ球を培養し、患者の体に戻す画期的な治療も実用化が近づいているなど、がん患者にとって多くの朗報をいただいた。

2019年2月1日

同期生小林君から『君の年賀状に膀胱がんの病理組織像はG2>G1とありますが、G1が混じっていることから転移再発というより尿路上皮がんにしばしばみられる異時多発と考えられます。6年前、あれだけ悪性度の高かった尿管がんが膀胱に転移して悪性度の低いがんを発症するとは考えられません。また出れば削ることです。』安堵する内容だった。

 

※ 1月7日聖マルチン病院で摘出した膀胱がんの組織を中村祐輔先生の紹介で遺伝子解析センターCPMに送っていた結果が戻ってきた。一般のがん細胞の遺伝子変異数は200~400個だが、私の遺伝子変異数は51であった。さらに問題のアミノ酸変異を伴う遺伝子変異TMBは平均60程度だが30個しかなかった。残念ながら私のがんに効く抗体薬はないとの返事だった。ただ追加検査としてお願いしていたネオアンチゲンは152個見つかり、そのうち発現量やHLA親和性から治療効果になりうるネオアンチゲンは4個あるとの返事だった。ネオアンチゲン療法の可能性があるわけで今回の検査で払った599,400円の大金は無駄ではなかった。

詳しい内容を知りたい方は ⇒こちら

 

2月18日

膀胱内視鏡による腫瘍摘出術後約1ヶ月して松田病院で4回目の抗がん剤動注療法を受けるため3泊4日で入院した。

 

ハウスに戻ると、3年目を迎えたコーヒーの実は赤く色づき収穫の時期が近づいている。

 

2019年3月4日

半年に及んだ膀胱がんの治療は一応終了した。元気を出して重い腰を上げ通称セカンドルックと呼ばれる膀胱内視鏡を依頼した。幸い、膀胱内に腫瘍の姿はかけらもなく、雲一つない晴天のようであった。しかし膀胱がんには粘膜の下に隠れて外から見えない上皮内がんがある。上皮内がんの有無を見るため膀胱内をあちこち小型の手術器具を使って米粒よりも少し小さめの組織を11ヶ所採取した。この組織は直ちに四国細胞病理センターに出された。

詳しくは ⇒こちら

 

2019年3月17日

一年前の3月突然もらった手紙に驚いた友人のその後を心配していた。体調は良いので新幹線さくらに乗って久留米まで友人と見舞いに行ってきた。彼はよほどうれしかったのか1時間しゃべりっぱなし、随分と痩せてはいたが気持ちは元気だった。背中を診てくれというので優しく背中をなぜさすってあげた。ギリギリ間に合ったという感じ。

 

2019年5月

発病し9年の間に様々な民間療法を試みたが、その一つがタラソテラピー海水療法だ。その科学的根拠についての明快な説明はないが、海水には体を癒す未知なる力があるようだ。フランスの海に浮かぶ城モンサンンミッシェルがタラソテラビー発祥の地と聞いている。石垣島では5月から11月まで海に入ることができる。石垣島滞在中は海と風呂を往復して過ごしている。福山の自宅からも瀬戸内海は近いが瀬戸内の海水は少し肌にべたつく。石垣の海水はさらっとした感じで気持ちがいい。オゾンを吸って海水療法は心と体の両方を元気にしてくれる。


● 膀胱へ弱毒化した生の結核菌を入れるBCG療法を始めた

2019年5月

セカンドルックの生検で11か所中4か所に上皮内がん(+)だった。このため、5月27日第一回目のBCG療法を受けた。これから毎週8回予定とのこと。弱毒化してあるとはいえ生の結核菌(東京株172)を膀胱内へ直接注入し強制的に膀胱炎を起こす治療だ。炎症によりT細胞やナチュラルキラー細胞の増加を促す治療だから頻尿、排尿痛、発熱は避けられないそうだ。回数を重ねるごとに膀胱炎は強くなり頻尿も強くなると説明を受けた。6月と7月は受難の月になりそうだ。

BCG療法について専門的な詳しい情報を得たい人は ⇒こちら

 

 

福山の箕島熱帯ハウス 訪ねてくれたOBスタッフとティータイム ブーゲンビリア、ハイビスカスは満開

 

 

2019年5月

5年に1回開かれる大学同級生の会に参加した。私は5年前に比べて随分元気になったと褒めてもらった。これはひとえに簡易ゲルソン食のおかげと感謝している。5年前に余命を相談したほど親しかった同級生の内科医は腹水に気づき調べたが原因不明、癌性腹膜炎でわずか3か月で逝っていた。なんと私が黙とうする側にまわるとは。仲間からおまえが入ってきたとき背筋がピンと伸びて一番元気に見えたと喜んでもらった。 翌日同級生の一部が私の実家の蓄音機博物館に遊びに来てくれた。

 

● 新しい治療を模索するなかに駆虫剤メベンダゾールに出会う

 

2019年6月

2008年偶然に駆虫剤に抗がん作用のあることが発見され、続いて2011年には悪性脳腫瘍である多形膠芽腫にも強い効果が発見された。2008年Mol Cancer  Res、2009年米国がん学会誌Cancer Research、2011年Neuro.Oncolに次々と駆虫剤論文が発表された。ジョンスホプキンス大学で今年中に治験の第一相試験が終わる。医療に見放された末期がんにメベンダゾールやフェンベンダゾールを試してみる価値はある。長期投与は別として半年内の期間では副作用はほとんどない。米国で実際がん患者治療実績のあるフェンベンダゾールをほしいと頼んでいたマレーシアの友人が遠路はるばる私の手元に届けてくれた。通関は問題なく通ったとのこと。熱い友情に感激した。


私よりも若いがん友で腎臓がんが全身に転移、脳脊髄への転移もあり歩行不能になっている。その上、右前腕への骨転移の痛みに苦しんでいる。私の息子年齢の浸潤性悪性脳腫瘍のがん友は治療法のないがん難民になっている。この話をしたらお二人とも内服を希望された。

 

 

早朝に起きてゲルソンジュースと朝食作りは男の自立にとって大切だ。今朝はニンジンジュース、サツマイモと豆腐の味噌汁にアマニ油、豆乳ヨーグルトにはちみつ、黒豆、熱帯ハウスのバナナとイチゴ。定年退職後元気半減する男が多いが、その原因の半分は食事の自立ができないからだと思う。三食嫁さんべったりでは主導権を発揮する場はあるまい。男の自立は台所シェアから始めたらいい。

 

夕食 男の自立

 

2019年7月

あと1回で予定の膀胱に結核菌を注入するBCG6回療法が終了する。私の場合標準は80mg注入だが半量の40mgにしている。さらに8回療法を6回療法に短縮している。4回目のBCG療法はかなりきつかった。3回目までは無症状だったが免疫反応が始まった4回目は血尿、排尿痛、頻尿の三兆候だけでなく悪心嘔吐下痢、発熱と身動きできないほどの心窩部痛に襲われた。心窩部痛はBCG注入後6時間後、15時間後、24時間後と3回やってきた。いずれも1時間少々で改善したが、生まれて初めて経験する激痛だった。親しい女性曰く、男性は痛みに弱いですよね、、女は出産の激痛と毎月やってくる生理の不快痛に耐えているから男に比べて痛みには強いです。なんと労わりの言葉はなかった?(笑)。美女はエレガントで冷徹な生き物なのかもしれない。BCG膀注療法は回を重ねるごとに膀胱炎に対する免疫反応が高まり症状が強くなると思われる。症状緩和の対策はないのか、、免疫反応が高いほどがんに対する効果は高いから、、あまり抑えすぎてもいけないジレンマがある。

副作用(免疫反応)の強さはBCG注入後から最初の排尿までの時間にあった。副作用の強いのはマニュアル通り120分排尿を我慢したのが原因ではと疑い、5回目は90分我慢で排尿したところ三兆候と発熱と心窩部不快感だけと軽かった。80mgでも40mgでも注入後から排尿までの我慢する時間が副作用発現率と関係が深そうだ。80mgでも1時間も我慢せず排尿してもいいと指導する泌尿器科医もいるからBCG療法は奥が深い。

 


BCG膀注療法の標準治療は欧米では80mg8回8週間療法、最近日本では40㎎6回6週間療法で欧米と同等の効果があるとの学説を主張する泌尿器科医師グループの論文を読むとなるほどと思うことが多々あるので私はこの楽な道を選んだ。ただしLammも指摘しているようにBCG膀注療法は長期間にわたる継続が大切のようだ。私自身6回療法が終わったら3か月ごとに1~3回を考えている。

 

2019年7月

石垣島でのんびり夏休みを過ごしている。島の表は開発されすぎだが、私のいる島の裏は原生林と人のいないビーチが残っている。ネットのおかげでどこにいても最先端のがんニュースを見ることが出来る。中村祐輔ニュースによると、AIを使った病理学的画像解析でがん遺伝子検査をしなくてもオプジーボなどの抗体治療薬の有効性の有無の判断ができるそうだ。このニュースは今月号のNature Medicine誌に「Deep learning can predict microsatellite instability directly from histology in gastrointestinal cancer. 」の論文が掲載されていた。まだひとつの論文発表ではあるがAIを使った採取がん組織の病理画像解析は遺伝子検査に匹敵するとのこと。高い遺伝子検査料の要らない時代が早くやってきて欲しいものだ。

 

私は抗がん剤治療の真っ最中75歳を機に仕事場は福山、住民票は石垣島へ移した。75歳以上はお荷物、これ以上生きてもらわなくて結構ですというのが政府の本音。この島ならひっそりだびに付してもらい遺灰は前の海に撒いてもらったらいい、家族が集まったり葬儀など真っ平ごめんである。夜は9時就寝、朝5時起床は福山と同じ生活。大自然に抱かれたここは空気も水も美味しく、5時過ぎに自宅テラスからの朝焼けは目が覚めるほど美しい。片道25分の朝の散歩が日課となっている。あとはスカイプで好きな原稿書きを楽しんでいる。それといいニュースがある。メベンダゾールを処方した超末期がんのがん友の息子さんから転移した腕の腫れが引いてきた、脊椎転移で麻痺した両下肢に力が入るようになった、全く痛みがなくなったので痛み止めを飲まなくなった。そんな親父に在宅医療の主治医や看護師さんはえぇ~これどういうこと?と驚いている、との連絡があった。


コメント拝見しました。フェンベンダゾールは日本では薬として承認されていませんので私はメベンダゾールの内服をお勧めします。他の薬との併用注意はありますが、併用禁忌はありません。詳しい内容が知りたい場合は渋谷長寿健康財団ホットラインをご利用下さい。2019.7.31

コメント: 2
  • #2

    KYOKO (木曜日, 13 6月 2019 21:36)

    初めて拝見します。フェンベンダゾールに興味を持ち検索するうちにたどり着きました。
    この駆虫薬は、他の薬との併用に禁忌はないのでしょうか。
     ステージ4で再燃性前立腺がんの父に時間がなく、イクスタンジというホルモン剤と併用してもいいのか気になって調べています。奇跡が起こることを願っています。

  • #1

    lié M (水曜日, 24 10月 2018 09:02)

    こんにちは。
    先生に、8月から診ていただいているものです。
    9月の受診時に、先生は少しシンドそうでしたので、実は心配していました。(といっても、お会いするのは未だ2度目ですが・・)
    ほぼ元の生活に戻られたこと、ホッとしました。流石大田先生^^

    先生も放松、私も放松をこころがけます。
    ファンソンを鼻母音で発音すると、まるでフランス語みたいです。